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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)6421号 判決 1973年3月20日

原告 中条ミチ子

右訴訟代理人弁護士 松井正治

被告 山崎美代

被告 山崎基美雄

右両名訴訟代理人弁護士 後藤信夫

同 遠藤光男

同 後藤徳司

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告)

1  被告らは、原告に対し別紙目録(二)記載の土地を明渡し、かつ各自昭和四四年一〇月から右明渡済に至るまで一ヶ月金七、二〇〇円の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

(被告)

主文同旨

の判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四四年当時、その所有にかかる別紙目録(一)記載の土地(以下本件借地という)を、被告らに対し、次の約で賃貸していた(以上本件借地契約という)。

(一) 使用目的 木造建物所有

(二) 賃料   一か月一万四、四〇〇円

(三) 特約

(1) 賃借人は本件借地の一部返地又は転貸をなさざるはもちろん、賃借権の譲渡又は担保に供せざること

(2) 賃貸借期間中建物の滅失したる場合は、賃借人は賃貸人に遅滞なく通知すること

(3) 本契約に定める賃借人の義務を不履行の場合は、何等の催告も要せず、本契約を解除することができる。

2  しかるところ被告らは、同年本件借地のうち別紙目録(二)記載の土地(以下本件土地という)上に存した千代田区東神田二丁目一二番地三所在家屋番号同町九番二九木造瓦葺平家建居宅一棟(以下旧建物という)を取毀し、本件土地を有料自動車駐車場として使用し始めた。

3  そこで原告は、昭和四五年二月一八日東京簡易裁判所において被告らに対し、本件借地の明渡を求める調停申立書の陳述をもって、本件契約を解除する旨の意思表示をした。その解除事由は、次のとおりである。

(一) 木造建物の所有のみを目的とする使用目的違反

(二) 建物滅失後の通知義務違反

(三) 有料駐車場として第三者の駐車を認めることによる本件土地の無断転貸

4  よって本件契約は昭和四五年二月一八日少くとも本件土地の部分について解除されたから、原告は被告らに対し、本件土地の明渡並びに昭和四四年一〇月一日から同四五年二月一八日までは延滞賃料、その翌日から本件土地明渡済に至るまでは賃料相当の損害金として、一ヶ月七二〇〇円の割合による金員の支払を求めるため本訴に及んだ次第である。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、特約の点は不知、その余の事実は認める。

2  同2・3の事実は認める。

3  同4の事実は否認する。

三  被告の主張

1  本件土地の駐車場利用は、次のとおり原告に対する信頼関係を何ら破壊するものではないから、原告の解除は理由がなく無効である。

(一) 旧建物を取毀し、本件土地を駐車場としたのは次の事情による。すなわち被告らと旧建物の賃借人訴外株式会社天狗堂(代表取締役江森竹之助)との間には昭和三九年一〇月九日旧建物明渡の調停が成立していたが、その退去期限の同四五年一月末日よりはるか以前に明渡を受けたため、被告らの本件土地に建物を新築する準備が間に合わず、取り敢ず旧建物を取毀し、資金調達等準備ができるまでの間、一時的にその跡を有料駐車場として使用することにしたのである。

したがって、駐車場として使用したのは、一時的、便宜的に空地を利用したに過ぎず、右のような土地利用は本来の使用目的の範囲内に含まれているものであり、しかも本件借地の半分余りには被告ら所有の建物二棟が厳然として存在しているのであるから、本件土地を含めた本件借地の使用目的には何ら本質的な変更はなく、被告らには本件土地使用につき何ら用方違反はない。

(二) また原告は、第三者に駐車を認めることは「転貸」に該ると主張するけれども、借地人が借地上に建物を建築し、第三者に居室又は車庫として賃貸しても借地の「転貸」に該らないことはいうまでもないのに、建物を建築した上で賃貸したのではないというだけで、その行為が契約解除の理由たりうるとすれば、前者との比較均衡は完全に失われることとなるのであって、右主張はとうてい許容し難い議論である。

(三) 仮に、本件土地の利用が、外形上使用目的違反、もしくは無断転貸に該るとしても、本件駐車場の差しかけ式屋根、フェンス、コンクリート舗装等の施設は何時にても簡単に収去し得るものであって、土地に本質的改変を加えるものでないのはもとより、地主に対し不利益に働くものは皆無に等しく、また駐車場利用契約も、その利用者に借地法・借家法等の保護規定を適用する余地は全くないのであるから、いずれにせよ本件土地の駐車場としての利用は、原告に対する背信行為には該らないというべきである。

2  被告らは、昭和四四年一一月末頃、同年一〇月分及び一一月分の賃料合計二八、八〇〇円を原告方に送金したが、その受領を拒絶され返送された。そこで被告らは、昭和四四年一〇月一日以降同四五年二月一八日までの賃料(ただし二月分は全額)を東京法務局に供託した。

四  原告の反論及び答弁

1  被告らの所為は、次のとおり本件土地の使用目的違反、信頼関係の破棄、かつ無断転貸に該るから、本件解除によって本件土地部分については解除の効力が生じている。

(一) 借地法は、建物の存続を保護することを目的とするものであるから、同法の保護を受けうるのは、建物所有及びこれに伴う常識的な土地利用の範囲に限られるのであって、建物を取毀し資金面の都合がつくまでと称してその跡を有料駐車場として使用収益することまでも保護するものではなく、このことは借地の一部に建物を残している場合においてもその論理に変るところはない。

(二) また本件契約には、建物滅失の際はその旨を直ちに通知せねばならない条項が存するにもかかわらず、その通知を怠り平然とその跡を建物所有とは何の関係もない有料駐車場に使用することは信頼関係の著しい破壊といわねばならない。

(三) 更に、借地を有料駐車場として使用しても借地法の保護を受けるものとするならば、借地人は僅かな地代を支払うことで、何らの資本投下もなさずして、地代に比して暴利をむさぼることができるのであって、地主に比し借地人は法外な利益を収めているといわねばならず、建物建築のため資本投下をした借地人とはとうてい同列に論じることはできない。

(四) なお無断転貸は、転貸の目的が建物所有でない場合でも許されないのであるから、有料駐車場として第三者に使用せしめることは一種の借地契約であって借地権の無断転貸に該当する。

2  被告らの主張2の事実は、認める。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  原告が昭和四四年当時被告に対し本件借地を原告主張の約(ただし特約の点を除く)で賃貸していたことは当事者間に争いのないところ、≪証拠省略≫によると、右借地契約は昭和四〇年一〇月末日更新されてその賃貸期間は昭和六〇年一〇月末日までとなっていたが、これには原告主張の特約が付せられていたことが認められる。

そして、原告が昭和四五年二月一八日被告らに対し、原告主張の方法、理由により右借地契約を解除する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

二  解除の効力について

(一)  ≪証拠省略≫によると次の事実が認められる。

(1)  本件借地上には従来より三棟の建物が存在していたが、そのうちの一つである旧建物の借家人であった訴外江森竹之助の遺族並びに株式会社天狗堂は、被告らとの間に昭和三九年一〇月九日成立した建物明渡請求調停調書に基づく明渡期限(昭和四五年一月末日)に先立って、昭和四四年一月末頃旧建物を任意明渡したこと

(2)  被告らは、かねて老朽した旧建物を取毀し、その敷地に貸事務所を建てるべく計画し、昭和四三年一二月には業者にその見積までさせていたが、予定より早く明渡されたため建築資金の目途がたたず、さりとて旧建物を新たに賃貸するのも明渡を求めることの困難から躊躇されたので、取り敢ず旧建物を取毀し、建築準備が完了するまで暫定的に本件土地を有料自動車駐車場として使用することにしたこと(被告らが旧建物を取毀し本件土地を有料自動車駐車場として使用し始めたことは当事者間に争いがない)

(3)  そこで被告らは、旧建物の基礎コンクリート上に更にコンクリートで全面舗装を施し、差し掛け式のビニール・ルーフィグの屋根を拵え、周囲には金網又はフェンスを設置し、本件土地を駐車場としたこと

(4)  右駐車場(二二・三一坪)は、昭和四四年四月頃から近所の商店の車庫として使用され始めたが、被告らは、原告に対し事前に旧建物を取毀し、駐車場とすることの通知もせず、またその了解も求めなかったため、原告から同年一〇月二〇日本件借地契約を解除する旨を申し入れられ、更に調停申立・仮処分執行・本訴提起を順次受けたため、現在のところ本件土地上には建物を建て得ない状況にあること

(5)  本件土地の東側、すなわち本件借地の東側半分の宅地(二二・三一坪)上には被告ら所有の店舗兼居宅二棟が存在し、そのうち北側建物には被告山崎美代が居住し、南側建物は婦人服店に賃貸していること

(6)  被告らは、現在収用能力が少くとも七、八台はあると考えられる本件駐車場を一車一月当り二万五〇〇〇円で駐車位置、期間を定めずに使用させていること

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

そこで、右事実を前提として、原告の解除に理由が存するか否かを逐次検討する。

(二)  使用目的違反について

右事実によると、被告らの本件土地の駐車場としての利用は旧建物取毀後新建物の建築資金等建築準備ができるまでの暫定的、一時的利用に過ぎず、右駐車場の施設である差し掛け式の屋根やフェンス等はいずれも収去して原状に復することが容易なものであり、コンクリートの全面舗装も本件土地の形状を著しく変更したものとはいえず、本件土地が一時駐車場として利用されることによって地主である原告に不利益を与えるとは考えられない上、本件借地の東側半分には被告ら所有の建物が依然として存在しているのであるから、全体的にみても、個別的にみても、右駐車場としての利用は本件土地の使用目的に本質的な変更を加えるものではなく、未だ約定の用法に違反するものとまでは認めがたい。

原告は、借地法によって保護を受け得るのは建物所有及びこれに伴って通常必要な範囲に限られ、借地上に建物が存在しないときやこれを他の用途に使用するときは同法の保護は及ばず、また借地を有料駐車場に使用しても借地法の保護を受けうるとするならば、資本投下なき借地人に対し地主と比べ法外な利益を是認することになると主張する。しかしながら原告の所論は、被告らが本件土地を恒久的・永続的に建物所有の目的ではなく駐車場として使用する目的であるときは考慮に値するかも知れないが、被告らの本件駐車場としての利用は暫定的・一時的なものに過ぎないから、本件においてはにわかに採用し難い。

(三)  建物滅失通知義務(特約)違反について

≪証拠省略≫によると、原告と被告らとの間の本件借地の賃貸借契約には、原告主張の建物滅失通知義務の特約に続いて「前項の場合、借地人が更に建物を建築せんとするときは、その種類・構造等につき起工前に予め地主に通知すること」も特約されていることが認められ、これらの特約は主として原告が借地法第七条に定める地主の異議を述べる必要がある場合に、その時機を失わしめられないようにすることを慮って定められたものと解されるのであって、被告らに旧建物滅失後その通知をしなかった義務違反があったとしても、被告らは未だその跡地に新建物を建築する工事をしておらず、原告の右異議申出の機会を奪ったわけではないから、右特約によって原告に与えられた利益はほとんど害されていないということができ、この程度の義務違反を理由に原告が賃貸借契約を無催告で即時解除する権利を取得することは、信義則上許されないといわなければならない。

(四)  無断転貸について

仮に被告らが原告から賃借中の本件土地を有料駐車場として第三者に使用させていることが本件土地の転貸に当るとしても、それは建物新築の準備ができるまでの一時的なものであり、原告に対し何ら実質的な損害を及ぼすものではなく、そのほか先に説示した諸事情を勘案すると原告に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情が存するというべきである。

三  結論

以上によると、原告主張の解除事由はいずれも理由がなく、原告の解除はその効力が生じなかったものというべきであるから、原告の被告に対する本件土地の明渡請求及び賃料相当額の損害金請求は失当というべきである。また未払賃料請求については、被告らが被告ら主張の供託原因に基づき右未払賃料相当額を供託していることは当事者間に争いがないから、これまた右請求は理由がないというべきである。

そうすると、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林信次 裁判官 中川隆司 裁判官菊地光紘は、職務代行を解かれたため署名・捺印することができない。裁判長裁判官 小林信次)

<以下省略>

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